退職金と年金分割
離婚の際に考えておかなければならないこととして、退職金と年金分割の問題があります。特に、熟年離婚の場合には、退職金や年金分割が今後の生活の糧となることが多いですので、知識をしっかりと学びましょう。
退職金の考え方
退職金には、給与の後払い的な性質があると考えられています。そのため、退職金もほかの財産と同様に財産分与の対象になり得ます。
しかし、一般的に、退職金が実際に支払われるのは退職のときであり、確実に支払われるという保証はありません。会社の経営状態や退職理由によっては支払われない可能性もあります。
つまり、退職までにまだ何十年もあるというケースでは、一律に退職金を財産分与の対象としてしまうと、退職金が支払われなかった場合に不都合が生じるということです。
そのため、退職金を財産分与の対象とするには、退職金の支給がほぼ確実であると見込まれることが必要になります。また、支給が見込まれる場合であっても、その全額が対象になるわけではなく、婚姻期間(退職金の形成に貢献している割合)に応じた部分のみが対象となると考えられています。
退職金が財産分与の対象となる場合
それでは、どのような場合に退職金が財産分与の対象になるのか、詳しく見ていきましょう。
退職金がすでに支払われている場合
退職金がすでに支払われている場合には、「寄与期間割合(配偶者が、退職金の形成にどれだけ貢献をしているのか)」を基礎にして、金額を計算します。
寄与期間割合は、以下の2つの期間によって変わります。
気をつけなければならないのは、退職金相当額が残っているか否かという点です。
退職金を受け取ったのがだいぶ前のことであり、離婚時においてすでに退職金がなくなってしまっている場合には、財産がすでに存在しないので、財産分与の対象にならないとされてしまう可能性が高いです。
退職金がまだ支払われていない場合
将来的に支給されることがほぼ確実であることが見込まれる場合は、財産分与の対象になると考えられます。ただし、会社の就業規則(退職金支給規定)や支給実態等も考慮されます。
たとえば、若年離婚等で、あまりに遠い将来に退職するケースでは、将来受け取るかどうかわからない退職金の分与を今の段階で認めてしまうことになります。この場合、配偶者の一方にとって不公平であるとして、裁判所も退職金の分与を認めないことが多いです。
しかし、仮に若年離婚であっても退職することがすでに決まっている場合には、財産分与の対象となる可能性が高いでしょう。
退職金を算定する方法
分与対象となる退職金の計算方法については、判例上いくつか考え方が示されています。
まず、別居時に自己都合退職したと仮定して、その場合の退職金相当額から婚姻前の労働分を差し引いた額が対象となるという考え方です。簡単にいうと、「今退職したら退職金はいくらになるか」を計算の基礎にするということです。
また、定年退職時に受給する予定の退職金から、婚姻前労働分と別居後労働分を差し引き、中間利息を控除して口頭弁論終結時の額を算定する考え方もあります。
とても難しい表現ですが、簡単にいうと、「労働期間中の同居期間」を退職金総額に割合として乗じて、「将来受け取るもの」から「今受け取る場合の利息分」を差し引く、ということです。
このように、「退職金を財産分与の対象にできるのか」、「その計算方法はどのようにすべきか」という問題は、専門的で複雑な判断が必要です。どのような主張・立証をして、どのような計算方法をとるべきかは、個別具体的なご事情によって異なるため、弁護士に相談することをおすすめします。
年金分割制度とは
年金分割制度は、離婚後に配偶者の一方の年金保険料の納付実績の一部を分割し、それをもう一方の配偶者が受け取れるという制度です。この制度はまだ新しく、平成16年に導入されました(国民年金法の一部を改正する法律)。
誤解されている方も多いようですが、この制度は「厚生年金保険および共済年金の部分」に限り、「婚姻期間中の保険料納付実績」を分割する制度です。
国民の基礎年金である「国民年金」に相当する部分や、「厚生年金基金・国民年金基金」などに相当する部分は分割の対象にはなりませんし、また、「婚姻前の期間」の分は反映されません。
さらに、将来受け取る予定の年金金額の2分の1をもらえる制度ではなく、保険料の納付実績の分割を受けるという制度ですので、注意が必要です。
年金分割制度が導入された理由
年金分割制度は、特に熟年離婚の場合の夫婦間の公平を実現するために導入されました。
たとえば、夫婦の一方のみが会社員として働いて収入を得て、もう一方の配偶者が専業主婦(主夫)として頑張って家事を行っていたケースを考えてみましょう。
この場合、年金保険料の支払いには夫婦双方が貢献したといえるのに、夫婦の一方のみが厚生年金を全額受給できることは不公平ですよね。
配偶者の一方が年金保険料の支払いに貢献した以上、その一方の配偶者の年金受領金額にも反映させることが公平であるというのが、年金分割制度の考え方です。
年金分割制度を利用する際の注意点
年金分割制度を利用するメリットがあるのは、婚姻期間中に相手方が厚生年金・共済年金を自分より多く支払っていた場合のみです。
国民年金は分割されませんので、夫が自営業者や自由業、農業従事者等の場合には、そもそも年金分割の制度を利用することができませんし、自分のほうが年金保険料の納付額が多いのであれば、逆に年金分割を請求される立場になってしまいます。
また、年金受給を受ける本人が、原則として、保険料納付済期間、保険料免除期間および合算対象期間の合計が10年未満の場合には、年金受給資格が発生せず、せっかく年金分割をしても年金が受け取れないことになりますので、注意が必要です。
年金分割の種類
年金分割には、合意分割と3号分割の2種類があります。わかりやすく整理して比較をしてみましょう。
合意分割 | 3号分割 | |
---|---|---|
離婚日 | 平成19年4月1日以後 | 平成20年5月1日以後 |
夫婦間の合意 | 按分割合(分割することおよび分割割合)について必要。合意ができないときは家庭裁判所に按分割合を決定してもらう。 | 不要 |
分割対象期間 | 婚姻期間(平成19年4月1日以前も含む) | 平成20年4月1日以降の婚姻期間のうち、第3号被保険者であった期間 |
分割割合 | 2分の1が上限 | 2分の1 |
請求期限 | 原則として、離婚日の翌日から2年以内 | 原則として、離婚日の翌日の2年以内 |
対象者 | 第3号被保険者だけでなく、第1号被保険者、第2号被保険者でも可能 | 平成20年4月1日以降の婚姻期間のうち、第3号被保険者であった期間がある方のみ |
年金分割の方法
合意分割の場合
- (1)夫婦間の合意による場合
-
年金分割の割合につき、夫婦間の合意が成立した場合には、合意した内容を証明することで年金分割手続をとることが可能です。
具体的には、以下のいずれかの方法により、合意した内容を証明します。
- 当事者双方またはその代理人が、年金分割請求時に、合意した内容を記載した書類を年金事務所の窓口に持参する
- 合意内容等を明らかにした公正証書の謄本もしくは抄録謄本または公証人の認証を受けた私署証書を添付する
夫婦間の協議によって合意ができない場合は、家庭裁判所における調停や審判・離婚訴訟における手続によって決定することになります。
- (2)調停による場合
- 夫婦関係調整(離婚)調停に付随して、按分割合を定めることができます。離婚成立後も、按分割合を定める調停の申立てをすることができます。
- (3)審判による場合
- 年金分割についての合意ができていない場合に申し立てることができます。按分割合を定める調停を申し立てたものの、不成立で終了した場合には、審判手続に移行することになります。
- (4)離婚訴訟における附帯処分の手続
- 離婚訴訟において、「附帯処分」というかたちで付随して年金分割の分割割合を決定するよう請求することができます。
3号分割の場合
3号分割の場合、当事者間の合意は不要ですので、分割を受ける当事者は下記の分割手続を踏めば、年金分割を受けることができます。
年金分割の手続
請求者の現住所を管轄する日本年金機構(年金事務所)に標準報酬改定請求書を提出して請求します。請求する際には、以下のものを持参する必要があります。
- 年金手帳
- 離婚届
- 戸籍謄本
- 按分割合を定めた公正証書や調停調書、確定判決など(合意分割の場合)
なお、3号分割の場合は、当然に2分の1ですので、按分割合を定めた書類の提出は必要ありません。
請求できる期限は、離婚が成立した日の翌日から2年間です。この期間を経過したときには、原則として分割の請求はできませんので注意が必要です。
そして、年金分割の請求をすると、按分割合に基づいた改定が行われ、改定をした後の保険料納付記録が当事者双方に通知されます。
監修者情報
- 資格
- 弁護士
- 所属
- 東京弁護士会
- 出身大学
- 慶應義塾大学法学部
どのようなことに関しても,最初の一歩を踏み出すには,すこし勇気が要ります。それが法律問題であれば,なおさらです。また,法律事務所や弁護士というと,何となく近寄りがたいと感じる方も少なくないと思います。私も,弁護士になる前はそうでした。しかし,法律事務所とかかわりをもつこと,弁護士に相談することに対して,身構える必要はまったくありません。緊張や遠慮もなさらないでくださいね。「こんなことを聞いたら恥ずかしいんじゃないか」などと心配することもありません。等身大のご自分のままで大丈夫です。私も気取らずに,皆さまの問題の解決に向けて,精一杯取り組みます。